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GODDESS SHIVA 広瀬氏(BURRN!)CDライナー解説(2)

その、SHIVAの“幻のデビュー・アルバム”が、実に30年の時を経て、今ここに登場した。SHIVA改めGODDES SHIVAのアルバム「GODDESS SHIVA」である。

マット・シナーはSHIVAについてこう語る。

「1976年、当時13歳だった俺とギタリストのアーミン・サボルは、SHIVAというバンドを始めた。アーミンと俺は同じ学校の同じクラスにいて、同じ時期に音楽をやり始めた。それで結成したのがSHIVAで、ドラマーを加えた3人編成だった。スクール・バンドのようなものだったが、才能のあるバンドだったし、素晴らしい曲を沢山書いていた。...」

「アルバムをリリースする計画もあって、実際にレコーディングも始めたんだけど、あまりに若すぎて上手くいかなかった。正しく導いてくれるビジネス・パートナーもいなかったし、プロデューサーもいなかった。1979年にはWHITESNAKEのドイツでの初ツアーで前座を務めた。7回ほど彼らと一緒にショウをやったよ。いい思い出になった。その後、もう一度アルバムのレコーディングを試みたんだけど、やはり上手くいかなかった。それで俺は、SHIVAについては少しブレイクを置こうと決め、SINNERを始めたんだ。」

その後のマットは言うまでもなくSINNERでの活躍を続けることになる。一方のアーミンはスタジオ・ミュージシャンとして音楽活動を続けると共に、PETER SCHILLING、HAZEL'O'CONNOR、DIE FANTASTISCHEN VIER等のプロデュースで実績を残しており、ヘヴィ・メタル畑での仕事としては、RAGEの90年代のアルバムのプロデュースも手掛けている。1998年にアーミンは、地元シュトゥットガルトに『Shivasound Recording』スタジオも建てている。

その2人が、今ここに再びSHIVA(改めGODDESS SHIVA)のプロジェクトを組むことになった切っ掛けは、2004年に行なわれたチャリティ・コンサートだった。地元で行なわれるエイズ基金のためのチャリティ・フェスティヴァル『AIDSHILFE STUTTGART』に、SHIVAとして参加出来ないか、というアイディアは、マットにとってもアーミンにとっても魅力的な提案だった。何故なら2人には、若き日に結成したSHIVAではやり残したことが余りに多いという想いがあったからだ。但し、オリジナルのドラマーは既に亡くなっているので、彼らはドラマーとして元ATROCITY?LEAVES EYESのマーティン・シュミットを迎えることにした。(マーティンはオリジナルのSHIVAとは全く関わりがない)

マット・シナーはこう語る。

「SHIVAがアルバム作りを出来ないままに解散してから30年近い年月を経て、俺達自身も年齢も重ね、昔よりは少し賢くなった今、アルバムをレコーディングしようという計画が再び持ち上がったんだ。それが今回のGODDESS SHIVAというプロジェクトで、最初の計画からプロダクション、そしてファイナル・ミキシングに至るまで、全部ギタリストのアーミン・サボルの責任において作られたものなんだ。俺はその一部に関与しただけだ。最初は、あるチャリティ・コンサートでプレイするという計画だけだった。そのコンサートでは楽しくプレイすることが出来た。そして今度は、アルバムを作ろうということになったのさ」

広瀬和生/BURRN!

日時: 2007年02月07日 19:14
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